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HOI4 AAR ポーランド=リトアニア連邦(民主)プレイ

 皆さんこんにちは、ヘルニアです。

 今回はポーランドを民主化させ連合国に加入。日独伊ソを倒していきたいと思います。
 とりわけ最初の対独戦が肝になりますので、プレイする際は気を付けて戦っていきましょう。

 

 

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軍需工場最優先で

 中小国の中ではなかなかの陸軍力と空軍力、とりわけ人口(約32M)を誇るポーランドですが、大国ドイツの前にはそれらは全て通用しません
 とりわけ戦争の中核となる陸軍だけは何としても張り合えるように強化しないといけないので、軍需工場の生産基盤を序盤は作っていきます。

 NFはポーランド国家の強化で政治力をまずは受け取り、150溜まり次第経済法を「部分動員」にしましょう。自由貿易にすると民需工場が足りなくなる上に、そこまで早く研究を終わらせる必要は今プレイではないので、貿易法はそのままで大丈夫です。


 研究は電子機械工学と基礎工作機械に加え、重戦車1(その後重対空)を研究していきましょう。
 基本は産業系(とりわけ左ツリーの生産量が増えるものは最優先)をとり、1937年ごろから戦闘系のバフ(とりわけ陸ドク)等を取っていきましょう。

 なお、陸軍ドクトリンは対ソ戦及び中国の補給が悪いことを考慮して大規模作戦のままです。対ソ戦ぐらいで終わらせる場合は、優勢火力ドクの方が良い場合も十分考えられるので、そこはお好みで問題ありません。
 ※機動戦と大量突撃は防衛に回ったときつらい場合があるので、あまりお勧めはできない。

 その他、工場の建設はワルシャワ首都近辺(可能なら西側の方が後の作戦的に都合が良い)での軍需工場建設を進め、工場の生産は歩兵装備5、支援装備と野砲2で生産。生産効率が良い意味でMaxのままにならないことを、『あくまで基本として』平均的に工場を割り当てていきましょう。
 →重対空研究完了次第工場の割り当て開始

 でもって、今回のプレイは対ソ戦まで空軍を作らなくて大丈夫です。というより作ってる余裕はないので、味方の連合国の空軍に頼りましょう。


 話をNFに戻します。ポーランド国家の強化が完了したら、次はその右下にある防衛重視を取得しましょう。こいつがなかなかありがたいNFで軍需工場等の建設を20%も上げてくれます。部分動員のバフと合わせると、実質的に総動員の軍需工場建設速度のバフと同じになるので、かなり軍需工場を早く建ててくれます。

 イデオロギー関係なく、この防衛重視は早めに取得しておくことがポーランドでは良いと思われます。
 →その後のNFは産業系を進め、1937年2月になったらまた政治系ツリーに戻ってきます。(次の項目で詳しく解説。

ポーランド軍国主義と復讐主義でリトアニアの併合

 さて、政治力を部分動員、ユゼフ・ハレル(軍需工場建設速度Up)、ポーランド国鉄(産業系研究速度Up)……と産業系最優先で取得していった後は、いよいよ対独戦のための準備に取り掛かります。

 そのために陸ドク等を取った方が良いとは上記でお伝えしましたが、さらなる軍拡のためにはさらなる国土と工場が必要です。
 そこで、ポーランドNFで最も強力と考えられる、ポーランド軍国主義(37年2月)と復讐主義(同年5月)を取得していきましょう。

 ポーランド軍国主義は徴兵可能人口2.5%Upに加え、陸軍経験値+20を受け取ることができます。これが意味するものとはつまり、重対空大隊を編成する陸軍経験値(25)の大部分をこれで埋めることができるという事に加え、最優先で徴兵法を変えなくてよいという事を意味しています。

 そして今回の要の一つとなるポーランド復讐主義ですが、これは戦争目標の正当化時間-25%に加え、戦争目標作成の制限を40%マイナスしてくれるというもの。
 本来中道では50%の国際緊張度になるまで戦争目標の正当化ができないのですが、50-40=10で10%の国際緊張度があれば正当化ができるという事になります。 
 すなわち、日中戦争開始後ぐらいには、『中道でも』正当化を行うことができるという事なんです。

 そしてこれを活用して攻める相手はリトアニアになります。ご存知の方も多いと思いますが、リトアニアを併合することで、ポーランド=リトアニアを復活させるディシジョンが選択可能になります。(要DLC

 貴重な工場を手軽に増やせるのはここしかないので、復讐主義完了後は速やかにリトアニアに正当化しましょう。(リトアニア戦は大して難しくないので省略。ただし、陸軍経験値をこの戦争である程度稼がないと師団編成で足りなくなるので、いい方は悪いですが少々いたぶって経験値を稼ぎましょう。

民主化は早すぎても遅すぎてもいけない

 さて、今のところは中道のポーランドですが、ここからは連合の力を借りるため、民主化していかないといけません。
 ただ、ポーランドは初期段階から民主主義の支持率が高いこともあり、早すぎる民主化はリトアニア併合のお邪魔になってしまいます。

 そのため、民主主義の支持率をあげるNF「自由主義」は1937年9月頃から取得開始。民主主義改革者は1938年1月過ぎ頃に雇用してください。

 なお、リトアニア正当化頃(1937年8月前後)から、ディシジョンで労働条件の改善を取得してください。今回はポーランドからドイツに仕掛けるので、国の安定度がボロボロになります。となるとストライキ等のこちらにだいぶ不利なイベントが発生しやすくなりますので、発生確立を(完全には防ぎきれませんが)下げていきましょう。

 でもって、少し話は変わりますが、リトアニア併合後は即ポーランド・リトアニア復活のディシジョンを選択。そののち、ドイツに対して中核州の返還を理由に、戦争目標の正当化を行ってください
 というのも、民主主義になったあとでドイツに正当化をしようとすると、国際緊張度が60%になるまで待つしかありません。そんなことしてたら独ソに挟み撃ちにされてゲームオーバーですので、政体変更する前に正当化を行っておきましょう。
 (加えて、ポーランドの選挙タイミングが1938年9月のため、それより前にドイツに宣戦布告しましょう。というのも、平時のまま選挙を迎えるとイベントで早期動員に経済法を変更される可能性があるからです)

ドイツ宣戦布告までの主な流れ(ログ)

1936年1月1日:NFポーランド国家の強化を取得開始。
   3月11日:NF防衛重視を選択。および経済法を部分動員に。
   6月25日:戦争産業家ユゼフ・ハレルを雇用。

1937年2月24:ポーランド軍国主義を選択。
   4月8日:軍事理論家、トミスワフ・ウバシュコ採用。
   5月5日:ポーランド復讐主義を選択。
   7月14日:日本、中華民国に宣戦布告。同日、リトアニアに正当化開始。
   9月22日:NF自由主義を選択。

1938年1月15日:民主主義改革者を採用。
   3月1日:リトアニアに宣戦布告。
    20日:リトアニア併合。陸軍の師団編成を以下のように変更する。

 歩兵8砲兵1重対空1、工兵偵察砲兵中隊のいつものやーつ

1938年4月3日:忘れていたポーラリトアニアのディシジョンを選択。
     4日:ドイツに中核州の返還を求め正当化。
   6月18日:正当化がひとまず完了。
   7月10日:国民投票イベントが発生しポーランド民主化
        同日、ドイツへ宣戦布告。

対独戦の戦い方

 さて、ここからは、ドイツおよびイタリアの枢軸国と戦っていきますが、その一番の強敵となるのはやはりドイツです。
 逆にこのドイツさえ倒してしまえば、後はそれほど難しくない(最悪連合の英仏がある程度倒してくれる)ので、今回はドイツ攻略に要点を絞ってお話していきたいと思います。

 ※なお、対独戦中はNFを取得せず政治力をためてください。早めに大規模徴兵、戦争経済、他バフの載りそうな将軍等をそろえることをおススメいたします。

第一段階、飛び地の包囲殲滅

 ドイツとポーランドが戦うとき、扱いに困るのがドイツの飛び地になります。
 ただでさえこちらが不利なのに、いつまでも兵力を分散させるのはあまり良いとは言えません。

 そこで、宣戦布告と同時に歩兵師団16、騎兵師団(初期テンプレの貧弱編成主に肉壁担当)48個で一気に飛び地を包囲殲滅していきましょう。

 攻撃線を事前にひき、立案ボーナスをしっかりためていればそこまで難しくないと思いますので、相手が増援を送ってくる前に一気に勝負を決めましょう。

 なお、騎兵48のうち24はひとまず、海岸防衛に兵士を当ててください。イタリアを中心に強襲上陸してきますので、誰もいないと国が滅びます
 残りの16個の歩兵と、24個の騎兵はひとまずスロバキア方面に撤退線を引いてください。ただし西側の歩兵48個がぶち抜かれそうだったら、援軍に向かわせましょう。

第二段階、チェコス併合までは力をため、チェコス消滅後から一気に進軍開始。

 さて、ポーランドから勢いよくドイツに宣戦布告したわけですが、飛び地攻撃後はしばらく防衛です。というのも、貧弱な騎兵が三分の一とはいえ、100個師団を越える兵を1938年に急編成したため、間違いなく備蓄がかつかつになっているはずです。

 こんな状態で攻撃を仕掛けても、すぐにヘタってしまうのは目に見えているため、歩兵師団の装備をためる行動をしばらくとります。
 その間、ドイツは猛烈な攻撃をポーランドに仕掛けてくるかと思いますが、重対空付き歩兵師団なら、多少後退はすれども持ちこたえられるはずです。

 仮に「マジでやべえぇ!」ってなった場合の緊急策(あるいはドイツ宣戦布告時に一緒に行ってもOK)として、ソ連への正当化を行ってください。いや、自滅するというわけではなく、わざと国際緊張度を80%以上に上げて連合国に入るリミットを強引に解除するのです。(だから正当化は、国際緊張度が大きく上がる日本とかでも別にかまわない。連合に入ってしまえば、正当化は中止しても問題ないからです)

 連合国に加盟することにより、少なくともドイツの一部の師団がフランス国境へと向かってくれます。これで、ポーランドにかかる負担を少し和らげることができるのです。



 でもって、耐えに耐えたのち、チェコスロヴァキアが消滅したらいよいよ攻勢のチャンスです。というのも、1938年時点で仮に連合に加入しても、イギリスは対独戦に参加してくれません。それが、チェコスロヴァキアの併合後は、遠慮なく参加してくれます
 (なお、フランスは連合加盟後、参戦要請を向こうから出してくれることが多いが、こちらからの参戦要請はイギリス同様なかなか受諾してくれない。仏、早期参戦の確率は50%程度(実際はもう少し高いだろうが)と考えておく方が良いかもしれない。

 また、チェコスの併合によって一部のドイツ軍がスロヴァキア側に流れます。すると、独ポ国境部の敵師団は減少し、かつ指揮統制がいったん乱れるので攻撃の大チャンスです。
 先ほども言いましたように英仏にも参戦要請を出して、電撃的にドイツ首都ベルリンを目指しましょう。

第三段階、東ポーランドはハンガリーに取らせ、兵の薄くなったドイツを攻撃!

 1939年終盤になると、ハンガリーの枢軸加盟がかなり濃厚になります。スロヴァキア方面はとりわけポーラン兵士が少ないので、40年1月前後ではおそらくクラクフなど一部領土を取られている可能性が高いです。そこにハンガリーの兵士が加わってくるともう耐えきれません。

 普通ならドイツ側の兵士を後退させてスロヴァキアに回すものですが、それをしないのが今回の作戦です。
 小見出しの通り、東ポーランドをハンガリーに取らせ、その分薄くなったドイツの領土を攻め落とし降伏に持っていこうというのが第三段階です。

 この作戦の利点は二つあり、一つは地形の厳しいオーストリア、および要塞のあるチェコ側の攻略が、師団減によって難易度が下がること。
 もう一つは東ポーランドをハンガリー等に取らせ、ソ連の戦争目標の正当化を回避するというものです。


 当然、デメリットも存在し、首都であるワルシャワとその西部の土地は何としても死守しなくてはなりません。最終防衛ラインをワルシャワ周辺のヴィスワ川とし、北部に駐屯させていた騎兵師団も肉壁として前線に向かわせましょう。

 あとは、自国が滅ぶか、ドイツか滅ぶかの死のレースに勝利するだけです。ここが一番の踏ん張りどころですがここで勝てれば、後のポーランドはだいぶ楽になりますよ。

残党狩りと講和会議

 ドイツを倒すことに成功したら、がら空きのハンガリーとスロヴァキアを西部からつついて早急に倒してしまいましょう
 ほっといたがゆえにワルシャワ陥落となっては非常に面白くないです。

 そして最後の主要国イタリアですが、ソ連がもうすぐに攻めてきそうなら放置。対ソ戦まで4か月前後余裕がありそうなら、さっさと倒してしまいましょう。

 英仏軍が陸空両方で支援してくれるので、山岳地帯さえ越えれば平押しでも十分に勝てるでしょう。


 講和会議でとるべき場所としては、ドイツ東部の鉄算出地域とドイツの飛び地(中核州)あとは、ハンガリーのアルミとそこにつづくスロヴァキア。またチェコの工業地帯は併合しておくと良いと思います。(あとはプレイヤーのお好みでほぼ問題なし)

対ソ戦は初段を受けきれれば、ひとまず勝ち

 対ソ戦なんですが、ドイツとの戦争との間が短いせいで、どうしても武器の充足度が低めの状態で臨むことになります


 そのため、ソ連軍が一番元気な最初の攻撃さえ耐え抜けたら、こちらの勝ち確が決定いたします。というのも、先の対独戦でポーランドは多くの資源と少なからず、数十の工場増加を行うことができました。ここから工場の生産量はどんどん増加していく傾向であることに加え、中道ポーランドと違い英仏の援護(とりわけ空軍)を得ることができます

 作戦としては最初は防衛に徹し、敵の被害3Mを越えたら攻勢開始してソ連を倒していけば良いと思います。大丈夫、Ver1.7時点のソ連のAIはいうほど利口じゃありません。ドイツに勝てたのなら、間違いなくソ連に勝つ腕前が備わっているはずです。

 またアメリカやインドなどを中心に、レンドリースしてくれる国が多数現れます。これを受け取るためにも、造船所は輸送船をたくさん作っておきましょう
 

 対ソ戦に勝利したら中核州の獲得。クルスク周辺の鉄やバクー油田などをお好みで獲得するのをお忘れなく。(とりわけバクーが欲しい人は早めに取らないとアゼルバイジャンが誕生するので気を付けること)

対日戦。増えまくった民需工場で造船所と軍需工場を大増設。

 さぁ、対ソ戦中も修理などを見越し民需工場を建設しまくった結果、英仏米と張り合える工業力になってきました。
 この莫大な工業力と総動員(対ソ戦中に変更)を組み合わせて、爆発的に工場建設を行っていきましょう。英米海軍がいるので、造船所では基本何を作ってもよいですが、ただ制海権を取るだけなら潜水艦を大量生産して数を増やしていきましょう。

 またこのころの日本は海兵だけでなく、水陸両用車(あるいは戦車)がないと上陸は厳しいです。

 という事で、今回の僕は過去のハンガリーの経験を活かし、(歩兵+水陸両用車+重自走対空砲+超重自走砲)というゲテモノ師団を24個用意し、日本に殴り込んでいきます。

 まずは中国を満州経由で倒していきます
 すでに連合と日本はシャム近辺でにらみ合いとなっており、満州にはほとんど師団がいなかったので、すぐに満州国降伏。
 そのままいうことなく、中国とその旧軍閥、朝鮮を抑えることができました。

 朝鮮の素晴らしい立地を一度借りさせていただき、レーダーと航空基地を建設。超重自走砲のそろう1944年6月頃までは待ちかなと思っていたところ、英米が捨て身の連続上陸で広島や青森に上陸したため、待ってられん! とこちらも上陸開始。
 充足度は低かったですが、流石超重戦車。敵の歩兵師団は上手く抵抗できず、時間こそかかりましたが12個師団を蹴散らし長崎に上陸

 とはいえ、後続の米軍18個師団が来たあたりからさすがに補給が耐えられなかったので、イギリスが上陸した広島に半分の上陸隊を向かわせました。

 あとはもう、英米ポが日本各地で大決戦。超時空要塞ジャポーネかと思われましたが、連合の圧倒的物量で押し勝つことができました。

まとめと枢軸~対ソ~対日の簡単なログ

 ということで、対独戦、対ソ戦、対日戦とやってきましたがいかがだったでしょうか。

 ポーランの民主主義(連合)プレイをやるとなったとき、自分の上手くない技量でどう生き残ろうかずいぶん悩みましたが、先制介入という手段で今回は乗り切ってみました。

 とりわけ最初の対独戦が一番つらく、最初から最後までいつ死ぬかわからない緊張感が味わえるので、腕に自信のある方はポーラン民主プレイ、ぜひやってみてください。

対独開戦後からのログ

1938年7月10日:ドイツへ宣戦布告。
     12日:イタリア枢軸加入、参戦。
        ソ連がうちに義勇軍を派遣。
   10月1日:ソ連に正当化(後キャンセル)。
       国際緊張度を80%に上げたため、ポーランドは連合国に加盟
     2日:フランス参戦
   11月3日:ドイツの飛び地が陥落。ここからしばらく防衛。

1939年4月6日:チェコス消滅。攻勢開始とともにイギリスが戦争に参加。
   7月10日:まさかの宣戦布告から一年ピッタリにベルリンが陥落。
   8月29日:独オランダの国境部にポーランド軍到着。
       これにより、枢軸の強襲上陸はほぼ100%なくなる。
   11月5日:第二次ウィーン裁定(ドイツ劣性によりドイツの史実NF
       がくるった)により、ハンガリーが枢軸に加盟。
       作戦通り、ワルシャワを死守しつつ、ドイツ都市の攻略を急ぐ。

1940年3月10日:ドイツ降伏
   5月11日:遅めのストライキ。
       なんにせよ、対独戦中に来なくてよかったと心から思う。
   6月29日:イタリア降伏。枢軸戦が終了し、ポーランドはチェコスと
       ハンガリー領を全併合。
       オーストリアとドイツの領土を一部手に入れる。
       (残りの領土はおおむねイギリスの管理となった)
   8月8日:ソ連が東部地域を要求。拒否したのち対ソ戦が開始される。
  (充足が整っていなかったこともあり、押したり押されたりが少し続く

1941年2月21日:攻撃をほぼ防げるようになり、
        敵の充足が切れてきたこともあり攻勢を開始。
   6月頃:日中戦争が日本の勝利で終結。
      同時期日本がフィリピンに宣戦布告。アメリカが連合入りする。
  12月9日:コーカサス方面の敵を大包囲することに成功。
    なお、レニングラード・スターリングラード・モスクワ既に陥落済み
    (写真撮り損ねた……)

1942年2月2日:ソ連の人的損害が8Mを越える。
       師団数も400強から100個程度にまで激減しており、勝利間近。
   3月17日:ソ連降伏。
       ベラルーシとウクライナを中心にソ連の土地を手に入れる
       ロシアはうちが面倒を見ることになり(監督国)、
       中央アジアはトルクメニスタンを除き独立。
  →トルクメニスタンだけアメリカの監督国となったことで、
   英米ポの師団がトルクメニスタンに閉じ込められる。アメリカめ……。
   5月4日:対日戦に備え造船所を50ほど建設開始
    25日:連合の対日戦にポーランドとその監督国となるロシアが参戦。
   9月3日:満州、蒙古が陥落し、がら空きの中国沿岸をポーランド軍爆走。

1943年8月15日:
      潜水艦63隻を用意し、制海権を確保したため第一上陸作戦開始。
      水陸両用戦車を入れた師団だったが、
      海兵を入れられなかったこともあり失敗。

1944年1月31日:超重自走砲を入れた新しい上陸師団(補充間に合わず)で
       第二上陸作戦開始。

       英米の捨て身の上陸が1943年終わりごろに複数成功しており、
       それに続く形でポーランドも長崎に上陸(二月下旬)
 4月20日:四国で敵の主力と思われる師団を包囲殲滅。
     この時点で関西以西は陥落。これにより日本は完全に抵抗力を失う。
   26日:東北から南下した英米軍により東京が陥落。そののち日本は降伏。
      多くの旧軍閥領土を吸収した中共はポーランドの監督国となり、
    他日本、満州、蒙古等はイギリスの管理となった。(目標を達成)

 

 ということで、今回はここまでです。ご一読ありがとうございました。

 

 

 

 

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