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HOI4 AAR【最強、インド海軍!】

 皆さんこんにちは、ヘルニアです。

 今回は、イギリス領インドを使って、大日本帝国の海軍に、対抗していきたいと思います

 できる限り日本の海軍を潰すことを主目的とさせてもらいますので、日本や枢軸国の降伏は目標外とさせていただきます。

 しっかりとした工業力さえあれば、日本の海軍にも大打撃を与えられることを、見せつけてやろうじゃありませんか。

 では、早速やっていきましょう。

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最強になる予定のインド海軍。その軍艦保有数はまさかの0

 インドの海軍保有数と海軍研究はゼロです。

 ただ幸いにも、インドは英連邦の中でも、良い資源状態と広大な土地に恵まれています

 ほぼすべての資源が、少しずつでも取れることと、中道国家であることが合わさり、貿易による民需工場を受け取りやすいです。

 そこで、序盤から自由貿易に変更し、研究速度と民需工場をもらっていきます。これから大規模な海軍を創設するためにも、できる限り民需工場は欲しいですからね。
 最初は造船所を建てたい気持ちを抑えて、この民需工場をひたすら建てていきます。【二年間くらい】


NF海軍の創設で軽巡をゲット? 【1938年8月】

 さぁ、インド海軍を創設するためにも、NFはインド国民会議(民主ルート)を獲得。その後、イギリスの力を借りて、海軍を作っていきますよ。

 NF「海軍の創設」を獲得したことにより、基本型魚雷と砲塔(研究)を即獲得。そして説明欄には、軽巡洋艦を2つもらえると書いてあったのですが、どこを見ても軽巡はもらえていません……。

 ま、まぁいい。軽巡洋艦は素晴らしいものを作ってやる! と、海軍は全て1から作ることになりました。

 そしてインド海軍最初となる軍艦、軽巡洋艦A型が完成。ひとまずこれを二隻作ったのち、さらにパワーアップしたB型を二隻生産開始。

 その後は大量の鉄を消費しながら、三型駆逐艦を量産していき、枢軸国との戦争が始まっても戦争経済で必死に海軍を作っていきます。

 さらにさらに、NFでバフを受け取り、4型潜水艦の研究を日本との戦争前に獲得。これを哨戒・通商破壊用の艦隊にしようと、生産開始を始めます。

▽二型軽巡洋艦設計

▽四型潜水艦設計


しかしここで、飢餓の恐れが飢餓になって襲ってくる。【40年8月~】

 国民精神、飢餓の恐れが飢餓となりインドを襲います。

 これにより、造船所生産量-25%などをインドが襲い、張り切って作っていた海軍も生産量が落ちます。(大打撃)

 仕方がないので、一年間はこのデバフに耐えながら海軍を生産していきましょう。

荒波の中も準備していき、戦争開始! 【41年10月~】

 さて、6年間(正確には4年弱)かけて作ってきた海軍のお披露目です。

 41年10月時点で、二型軽巡が4隻三型駆逐艦を20隻用意できました。

 頑張って生産してきましたが、まだ肝心の潜水艦が生産できていないので、日本との海戦はもう少し後、1942年に入ってから本格化することになりそうです。

 日中戦争もまだ終わっていなかったので、しばらくインドの領土は安泰ですね。

と、思っていたんだけど、満洲傀儡のチベットが戦争参加【41年12月】

 こ、こんなこともあるんですね。満州のNF「チベットの統合」により、チベットが満州国の傀儡に。

 ただチベット自体はそこまで強くなく、中華民国、新疆、西北三馬、インドの四国で包囲して、倒すことになりました。
 拡張なんかできないと思っていたので、地味にチベットの工業力はおいしかったです。

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いよいよ海戦! 日本の護衛艦隊相手に快勝! 【42年3月~】

 ※ここから茶番っぽくなります。状況説明のために、本来ならあり得ないことをぺらぺらとしゃべりますが、温かい目でご覧ください。

IND・ヘルニアラジオ局
「3/10~11日にかけて行われた、マラッカ海峡での大戦果をお伝えします。3月4日、敵の護衛駆逐艦隊と思われる船、6隻を沈めたインド海軍は、その後潜水艦の哨戒艦隊により、大規模な護衛艦隊を発見。主力艦の存在がないことから、勝利の可能性が高いと踏み、通商破壊による積極的な攻撃を開始いたしました。3月10日、輸送船団を攻撃したところ、確認済みであった敵護衛艦隊が到着。敵護衛艦隊は輸送船を守りながらの戦いとなり、上手く連携が取れないところをインド海軍が猛攻撃。結果、敵駆逐艦隊20隻、軽巡洋艦2隻の大戦果を挙げることに成功いたしました。この勝利により、連合国の東アジア方面制海権確保にインドは貢献することとなり、英・米・豪・印海軍を中心とした、日本の拡張を抑える連携が、より確かなものとなったのであります」

不意を突かれた戦! 敵主力艦隊と衝突! 【3月下旬】

IND・ヘルニアラジオ局

「――今入ってきた情報です。3月17日、敵の潜水艦15隻を沈めて快調に戦果を挙げるインド海軍でしたが、この事態を重く見たのか、敵は空母8隻主力艦14隻を中心とした100隻近い大艦隊をマラッカ海峡に展開。突如として現れた大規模な海軍に、インド海軍は懸命の撤退戦を開始。幸いにも、大規模すぎる敵艦隊は連携がうまくとれておらず、印海軍は撤退しながらも魚雷を中心とした反撃を開始。インド海軍は圧倒的不利にもかかわらず、敵戦艦1隻、他16もの軍艦を撃沈。しかし沈めた数ではこちらが勝利したとはいえ、軽巡2隻駆逐7隻をこちらは損失。他の艦も大きな損傷を受けており、インド海軍は立て直しを迫られることになりました。ハーバード提督は『この戦いで与えた、敵への損害は大きい。しかしこちらの損害はもっと大きい。連合国の勝利のため、そして戦死していった海兵のため、必ず大規模な反撃を与える』とコメントしています」

新たな戦力。重巡ラングーンを加えて、護衛艦隊をたたく! 【7月】

IND・ヘルニアラジオ局

『7月29日、インド海軍に新たな艦が加わりました。駆逐艦の補充、三型軽巡洋艦の生産を進める中、新たな重巡洋艦が進水式を迎えます。この船の生産費用には、ラングーン住民からの募金が多く含まれており、ハーバード提督はその募金活動に感謝を込めて、命名式で船の名をラングーンといたしました。ラングーン住民は熱気に包まれており、ハーバード提督も『これで我々は、敵主力艦に対する攻撃力を手に入れた。英米海軍と連携し、日本護衛艦隊を中心とした敵艦を、攻撃していきたい』とコメントしています』

敵の主力艦隊が来る前に、敵護衛艦隊を粉砕。(ここまでのインド海軍だけの戦果でも、80隻以上(敵海軍の25%)を沈める

マラッカ海峡での通商破壊の失敗【12月】

IND・ヘルニアラジオ局

「残念な情報が入ってきました。12月12日。重巡ラングーンは敵空母赤城・鳳翔を中心とした空母4隻の集中攻撃により、マラッカ海峡にて沈没いたしました。修理に戻った船の海兵によると、「山本五十六率いる打撃部隊はとても強力で、歴戦のインド海軍をもってしても、負けないのが精いっぱいだった」といった様子だったそうです。そんななか、重巡を攻撃した鳳翔を、駆逐艦が撃破。わずかではありますが、敵戦力を削ることができました」

南シナ海の大敗北【敵空軍の力】(43年5月~)

IND・ヘルニアラジオ局

「5月14日。ハーバート提督は通商破壊任務中、敵主力艦隊と激突。前衛艦の質はインド海軍が勝っており、これなら敵前衛艦を叩けると攻撃を開始しようとしましたが、敵航空機300機が戦場に到着そこに空母の艦載機が合わさり、インド海軍は圧倒的海空軍の敵と交戦状態になってしまいました。両用砲による反撃を行いましたが、敵空軍の勢いはすさまじく、赤城・加賀・龍驤から飛び立った、艦上戦闘機と攻撃機によって、ほとんどの駆逐艦が沈没小規模の駆逐・軽巡洋艦からなる我々に対して、空母は圧倒的な壁として立ちはだかったのであります!」

まとめ。身が粉になるまで、海軍は戦う! 【45年2月~47年1月】

 前衛艦を多数失ったインド海軍ですが、少しずつインド周辺の海域で敵前衛艦を沈めつづけたことにより、敵空母を守る艦数が減少。

 護衛艦隊もほぼいなくなり、潜水艦の通商破壊により敵の輸送船は100隻程にまで減りました。
 逆に、大日本帝国の主力艦隊は燃料がなくて動き回れない状態に。これでは敵の主力をたたくことはできないと、ここで終了するはずだったんですが、南シナ海で運よく敵を発見。その後攻撃して何とかこれを打ち破ることに成功いたしました。(左上の画像)

 そのあとは、残党ともいえる敵の海軍(空母など)を潰していきますが、最終的には敵は残りの艦数をひとまとめにしてこちらに対抗。練度も質も高い主力部隊には歯が立たず、潜水艦まで『常に交戦』で戦闘参加させて、ようやく下の結果までたどり着けました。

▽1947年1月。日本の海軍は50隻を下回った。

▽潜水艦まで総動員して、攻撃を仕掛けた結果(輸送船をメインに、戦果の表示が一部間違っていますので、目安程度にご覧ください)

 空母五隻を中心に、敵の前衛艦の大部分を撃破できた結果にはなったものの、最後の主力艦隊にだけは勝つことができませんでした。(敵は燃料ぎれで、もう出てこれないに等しくなった)
 とはいえ、海軍数ゼロから工業力を叩き上げ、帝国海軍の三分の二を最終的に撃破できた結果には、おおむね満足しています。

 工業力と長い時間をかければ、大規模な敵海軍にも対抗できることが、立証できたのかもしれません。

 といったところで、今回はここまで。ご一読ありがとうございました。

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